平井通信

寄稿分
地方から国を変える 条例で変える
鳥取県知事 平井伸治

 「地方創生」の鐘が鳴った。その主役は国ではなく、地方自治体だ。
 鳥取県知事に就任してすぐに「鳥取県将来ビジョン」の策定にとりかかった。各地の公聴会場で、「手話を言語と認めてほしい」という聴覚障がい者の切実な声が寄せられた。私自身、学生時代にボランティアをしていた時から手話に触れてきた経験を思い起こし、「実現しましょう」と約束し、平成20年に制定した将来ビジョンに「手話がコミュニケーション手段としてだけではなく、言語として一つの文化を形成している」と明記した。世界でも日本でも手話は教育の場で認められないなど永く苦難にさらされていたが、手話を言語と認める「障害者権利条約」がようやく国際連合で採択された翌々年のことであり、全国初の決定に関係者の注目が本県に集まった。
 昨年1月、全日本ろうあ連盟の久松三二事務局長が私を県庁に訪ねて来られ、「手話言語法制定を国に要請し続けているが進まない。鳥取県で「手話言語条例」を作り一石を投じてほしい」と訴えられた。私は「県民・議会の理解を得ることを前提に、条例検討へ舵を切る」とお答えし、県内外の有識者に加わっていただき全国のモデルとなるような条例案の立案に当たり、昨年9月議会に「鳥取県手話言語条例」案を上程した。10月8日、可決成立した議場では、満面の笑顔で「拍手」の手話で声なき喝采を送る全国から集まった聴覚障がい者の方々と、新たな歴史の始まりを分かち合った。これが呼び水となり、同様の条例が他の自治体へ、手話言語法制定を求める決議が全国へ広がり、国会の超党派による手話に関する法制検討の声も上がる。国が変わり始めた。
 条例制定だけでは意味がない。鳥取県では、タブレット型端末を活用した遠隔手話通訳や地域・職場での手話講座を推進し、手話を学ぶ教材を作成し全学校に配布して学びの輪を広げている。想像以上だったのは、条例制定によって県民意識にが大きく変化し、障がい者からは「手話が認められたことは、ろう者が認められたこと」という自信が生まれたことだ。この1年で、本県の手話検定受験者も手話通訳者・奉仕員の新規登録者も倍増した。地域社会も変わり始めた。
 今年10月14日には、「鳥取県薬物の濫用の防止に関する条例」改正案が可決された。危険ドラッグの濫用等が全国に蔓延しているのは、国の法律で違法とされていないのが根本原因だ。いくら「危険ドラッグ」と名前を変えても、違法でなければ抑止力は働きにくい。私は、成分分析をして化学式で同定しなければ取り締まれないという従来の「理系的発想」ではなく、社会のルールを法規範化する「危険ドラッグは違法であり処罰」という法制度を作る「文系的発想」で解決すべきと考えた。条例改正を指示したものの県庁内ですら抵抗があったが、鳥取県議会で条例審議が始まると兵庫県や京都府も追随するなど一気に広がりを見せている。いずれ厚生労働省も現場の発想を無視できなくなると期待する。
 国が変わらないのなら、地方で変えてみせる。国民が望んでいる方向に向かうものなら、条例でも国をも変える力を持つ。

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