平井通信

寄稿分
「鳥取県手話言語条例」の力 〜ともに生きる社会の扉を開く〜
鳥取県知事 平井伸治

 日本障害者リハビリテーション協会は、障がい者と健常者がともに生きていく社会を目指すこととなった、私の原点だ。
 大学2年生だった私は、日本赤十字社本社の語学奉仕員として、昭和56年の国際障害者年に我が国で開催された「国際アビリンピック」でタイ選手団アテンドを任されたが、日赤担当者から勧められ、日本障害者リハビリテーション協会に通い、その年の10月に開かれた「国際リハビリテーション交流セミナー」に従事した。職員の方と一緒に泊まりこみ、当時憧れの池袋サンシャインシティで、国内外の参加者の熱っぽい討論を目の当たりにし、学生では考えられない大きなプロジェクトに胸を躍らせた。当時の皇太子殿下・妃殿下ご臨席のレセプションで、今では恥ずかしくなる下手な通訳をしていたにも関わらず、学生ボランティアという故か、妃殿下から「大変ですね、頑張ってくださいね」とお言葉をいただき、皆感激し顔を紅潮させた。リハビリテーションを支える医療、教育、エンジニアリングなどを駆使して、全人格的に障がい者のケアを図ろうと、国境を越えて先進的な知見を集める大会であった。
 あれから三十年余、鳥取県の知事職を預かる今も、当時の志を出発点として真摯に向き合っているのが、「障がいを知り、ともに生きる」という理念である。
 平成19年、知事に就任してすぐ「鳥取県将来ビジョン」の策定にとりかかった。各地の公聴会で、「手話を言語と認めてほしい」という聴覚障がい者の切実な声が寄せられた。私自身ボランティアで手話に触れてきた経験から、「実現しましょう」と約束し、翌年制定した将来ビジョンに「手話がコミュニケーション手段としてだけではなく、言語として一つの文化を形成している」と明記した。世界でも日本でも手話が教育の場で認められない苦難の時代が永く続いていたが、手話を言語に加える「障がい者権利条約」が国際連合で採択された直後だけに、全国初の本県の挑戦に関係者の注目が集まった。
 更に平成21年、多様な障がいの特性の理解を進め、障がい者と健常者がともに生きる社会を築く「あいサポート運動」を創設し、これまでに、鳥取県から島根、広島、長野、奈良、埼玉、韓国の江原道と、全国・海外へと広がっている。作業所の工賃はリーマンショック等で厳しい状況にあったが、売れ筋商品の開発や、農業に障がい者を活用する農福連携を全国で初めて事業化するなど、鳥取県独自の改革を重ねた結果、知事就任時には全国平均を下回っていた作業所工賃は、今や1万7千円を突破し全国上位県に名を連ねる。そして、昨年7月から11月にかけて開催された「あいサポート・アートとっとりフェスタ」(第14回全国障がい者芸術・文化祭)には、秋篠宮紀子妃殿下、佳子内親王殿下が御臨席され、合計百を超えるイベント、3千人にのぼる出演者・ボランティア等に支えられ、国内外からの4万3千人の来場者で賑わい、障がい者が暮らしやすい社会づくりへ新たな飛躍を遂げることができた。
 このように果敢に共生社会を目指す本県に着目された全日本ろうあ連盟久松三二事務局長が私を県庁に訪ねて来られ、「手話言語法制定を国に要請し続けているが進まない。鳥取県で手話言語条例を作り一石を投じて」と訴えられた。私は条例検討へ舵を切ると約束し、県内外有識者の委員会で条例案を立案して、県議会に「鳥取県手話言語条例」案を上程した。そして一昨年10月8日、条例可決の議場で、満面の笑顔で「拍手」の手話で声なき喝采を送る全国から集まった聴覚障がい者の皆様と、新たな歴史の始まりを祝った。
 条例制定だけでは意味がない。タブレット型端末を活用した遠隔手話通訳や地域・職場での手話講座を推進し、手話学習教材を作成し全生徒に配布して学びの輪を広げている。条例制定によって県民意識が大きく変化し、障がい者からは「手話が認められたことは、ろう者が認められたこと」という自信が生まれた。条例制定1年間で、本県の手話検定受験者も手話通訳者・奉仕員の新規登録者も倍増した。
 去る11月23日、重ねて紀子様・佳子様のご臨席を仰ぎ、鳥取に全国各地から高校生が集い「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」が開催された。ひたむきに手話で思いを伝えようと青春を燃やし尽くす熱演に、誰となく感動の涙が流れ、聞こえる・聞こえないという壁を超え会場は一つになった。初代優勝校石川県立田鶴浜高等学校、準優勝鳥取県立鳥取聾学校をはじめ決勝出場20校の生徒の姿に、近未来の共生社会の輝きが光った。
 障がい者権利条約の批准だけでは、ともに生きる社会の扉は開かない。
人々の魂の叫びにしたがい、鳥取県は全国にに先駆けて手話言語条例を制定する決断をし、その理念実現へ行動を起こした。人口最少の鳥取県の条例制定が「力」となり、同様の条例が他の自治体へ、手話言語法制定を求める決議が全国へと広がった。国会でも法制化の声が上がり、総選挙で公約に盛り込む政党も現れた。
「障がいを知り、ともに生きる」という理念は、決断と行動によってのみ実現する。

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