平井通信

寄稿分
地方創生の鐘
鳥取県知事 平井伸治

 地方創生の鐘が、高らかに鳴り渡り始めた。
 主役は国ではない。地方自治体だ。全国横並びの地域づくりは、もう古い。その地なら ではの宝を基に、地方の本当の価値を磨き上げ世に問う時代が到来した。
 人々の価値観が変わり、自然とともに人間らしく心豊かに生きていきたいと、地方暮ら しを選ぶ人が増え始めた。かつて鳥取県政は、移住は高齢者ばかりで県歳出増になりメリ ットはないと、移住対策を否定してきた。しかし、8年前人口が60万人を割り込んだこ とを契機に、知事就任後間もない私は県の方針を180度転換してIJUターンの促進に 乗り出すと決断した。最初は数えるほどであったが、昨年度は1246人の方が鳥取県の 移住政策を活用するなど鳥取県へ移住して来られた。鳥取への移住者の中心は、現実には 20代から30代の若い世代だ。
 時代は確かな足音で変わり始めている。
 鳥取県内外から移住者を引き寄せているのが、自然の中で保育を行う「森のようちえん」 だ。欧州で始まり我が国にも広がってきたが、園舎がない幼児教育や保育の場は幼稚園に も保育園にも該当しないと、文部科学省も厚生労働省も今もって認めず、公的支援の枠外 におかれている。しかしながら、自然豊かな環境を活かし一年を通じて野外保育を行うこ とに共鳴し、鳥取で子どもを健やかに育てたいという家族が急速に広がり、大学と協力し て調査したところ子どもたちの成長に効果が認められることから、鳥取県として安全対策 や保育水準の確保などについて独自認証制度を創設し、「森のようちえん」に対する公的 負担を今年度創設した。国が、各省庁の縦割りにとらわれるのではなく、それぞれの地域 に適した子育てを考え、子どもたちの真の発達を支える視点に立てば、この国の子育ては 変わるはずだ。
 ろう者にとってコミュニケーションを保障するため、手話を言語として認め普及を進め る手話言語条例を鳥取県で制定したところ、2年弱の間に神奈川県や群馬県など全国各地 の条例制定につながり、コミュニケーション保障を求める声が全国に広がった。危険ドラ ッグについて、国は化学組成を同定しないと取り締まれないとして実効性が上がらなかっ たが、鳥取県では、化学式の判定前でも「興奮、幻覚、陶酔その他これらに類する作用を 人の精神に及ぼし、人の健康に対する被害が生ずるおそれがある物であって、人が摂取し、 又は吸入するおそれがあるもの」を「危険薬物」として全面禁止する条例を制定した。現 場の深刻さに即応した鳥取県の手法は、たちまち国の薬事法制改正や他県の条例にも波及 した。明石市議に今春の統一地方選挙で当選した家根谷敦子さんは、鳥取県で手話言語条 例が施行されたことから政治に興味を持った、と報じられていたことに、私はささやかな 喜びを覚えた。
 人口最少県であっても、現場に即した決断と行動で、他の地域も、国をも変えていく力 を持ち得る。地方創生がこの国を改める道筋となる。政府もハローワークの地方移管など 分権改革に踏み込み、ともに日本創生へ乗り出すべきだ。
 新たな時代を刻む時計の針は、我々現場にいる者がネジを巻かなければ進まない。

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