平井通信

寄稿分
目立たず、地味に一歩一歩
感染症対策にパフォーマンスはいらない
平井伸治(鳥取県知事) ひらいしんじ 1961年東京都生まれ。84年東京大学法学部卒業。自治省(現総務省)入省。自治省税務局企画課理事官、鳥取県副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長などを経て2007年鳥取県知事に。現在4期目。著書に『小さくても勝てる』がある。
聞き手:砂原庸介(神戸大学教授)

鳥取県の平井知事は、全国知事会新型コロナウイルス緊急対策本部本部長代行・副本部長として、国との折衝等のとりまとめを担当。県内では、ドライブスルー方式を導入してPCR検査を積極的に行ったほか、アート緊急支援プロジェクトなどの独自の取り組みが注目されている(六月二十二日取材)。

◇国との歴史的パートナーシップ関係
砂原 まず新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の拡大への対応を通じて、知事から見てとくに印象に残ったことは何でしょうか。。

平井 国と地方のパートナーシップが変わり目にきたという気がします。今までは政府と地方の対話がいまひとつかみ合わない面もありました。しかし、コロナは国民の命と健康が危険にさらされ、さらに経済、社会にも大きなインパクトを与えました。そうした中で、西村康稔経済再生担当大臣や加藤勝信厚生労働大臣と頻繁にテレビ会議をし、地方側から結構厳しい提案をしました。その提案を政府も受けてくれたのです。
 例えば新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)を適用すべきではないかと大分申し上げました。特措法に基づき政府が対策本部を作れば、都道府県も対策本部を設置するしかけになっています。すると、知事に包括的な調整権限ができるわけです。ほかにも、医療物資の不足や、逼迫した病院への対応に関する要望を出し、取り入れられています。そういう意味で、歴史上かつてないくらい知事と国の議論がかみあってきたかなと感じています。

 全国知事会も歴史的エポックを迎えました。テレビ会議の利用が進み、多くの知事がコミットできる知事会に変わりました。緊急事態宣言で知事に権限が与えられ、政府も知事の意見に率直に耳を傾けるようにもなっています。我々知事が動ける土俵ができたということだと思います。
 今回生まれた国と地方の信頼関係に基づくパートナーシップを今後につないでいけば、日本の政治体制、国と地方の関係は、さらに実り多いものに変わるのではないでしょうか。

◇国の応答性は上がった
砂原 知事と国の議論がかみ合うようになった理由は、知事に対する国の応答性がこれまでより上がったということでしょうか。それとも、国から地方に対する指示などが的確になったために、両者がかみ合ってきたのでしょうか。

平井 国の応答性が上がった面が強いでしょうね。正直言って国は各省庁の集合体で、それぞれが地方の医療機関や感染症の実態をつぶさに把握しているわけではありません。権限が各省庁に分掌されているため、トータルで実効性のある措置を切り出しにくい面もあったでしょう。だから知事や都道府県から「これが必要だ」と明確に言ったことが響いたと思います。今までは予算要求から始まって、一年かけてようやく実現するというのが多かったですが。

砂原 非常に興味深いお話ですね。知事はかつて自治省に勤務されていました。そのときと比べて省庁の「縦割り」は変わったのでしょうか。

平井 結局、命や病院といった現実と向き合わなくてはいけません。省庁には制度や予算を一つ一つ丁寧にチェックする機能がある。一方、我々は結果が出てなんぼです。制度や予算がどうあれ、足りないものは足りない、これは必要だとズバリ言う。

 安倍首相が二月に一斉休校を要請したとき、正直、感染が広がっていないところまで必要があるのか疑問もありました。
 大号令がかかれば現場は動きますが、各方面で悲鳴が上がった。子供の居場所を作るために放課後児童クラブを設けないといけない。そこで、休校で空いた校舎を利用し、学校の先生も加わる方式を考えました。放課後児童クラブは、支援員が二人以上必要など細かい設置基準がありましたが、二〇二〇年度に緩和されると決まっていました。
 しかし、休校要請はまだ一九年度中だったので、国はあいかわらず基準の緩和を認めない。らちがあかないので、厚生労働省に規制緩和を訴えたんです。すると、加藤厚労大臣から直接電話がきて、こういう事情ですと説明すると「至急改めます」と。半信半疑でしたが、すぐに通知がきました。知り合いの厚労省幹部に聞くと、加藤大臣は私と電話をしたその場で「すぐにやれ」と指示したそうです。大臣が地方の声に耳を傾け、役所の事情より地方の実情を優先してくれたわけです。

◇科学的なアプローチを
砂原 今回の感染症対策では、専門家と政治との関係が注目されました。自治体単位で専門家を集めるのは簡単ではないと思いますが、鳥取県ではどう対応されたのでしょう。

平井 都道府県によって事情は異なりますね。鳥取県のような小さな自治体は、顔が見えるネットワークができているんです。医師会会長にしろ、大学病院の院長にしろ、感染症の大家にしろ、お互いに知り合いになっている。平井もそういうコミュニティの一人です。当初からこうした方々とコンタクトを取り、一月二十一日に第一回の連絡会議を開催しました。医師会に院内感染を防ぐ仕組みを考えましょうと提案したところ、医師会からはマスクなどが足りないと声が上がったため、県の備蓄から二二万個のマスクを配ったりもしました。こうしたことで信頼関係を作りながらお互いコミュニケーションを取ってきたのです。
 政府でも専門家会議の用い方は、従来の一般的な審議会とは違ったと思います。そこはある程度、評価できるところがあります。ただ、検証が必要なところもある。大都市もそうですが、専門家の意見やデータが出ていても、最後は政治的に「えいや」で決めているのではないでしょうか。休業要請などを大幅に解除する方向で準備をする。そういうさなかに感染者が増える。それでも解除する。最初から決めているのかもしれません。でも、これは政治的な意思決定であり、間違いとも言えない。重要なのは専門家とどういうキャッチボールをするかです。

 これまでの一連の流れを見ても、なぜ一斉休校から対策が始まったのか。本来ならその段階で専門家と一緒に効果的な政策が何かを練り上げていくべきだったのでは。三月二十日からの三連休は、感染拡大のターニングポイントだったと見られていますが、専門家の方々は大都市での急上昇を心配し、対策の必要性を訴えていました。ところがあの頃は、東京オリンピック延期判断など政治の事情が優先していたのではないかと。大阪と兵庫は両方で外出自粛するのが正解だったように思えますが、なぜか県境の往来だけが自粛になってしまった。専門家のデータと政治判断がうまく合致していたのか疑問が残ります。
 一つ一つの意思決定が当時の状況下で適切だったか否かを問題にしようとは思いません。ただ、今後については、やり方を考えなくてはいけない。例えば今回はロックダウン的手法が多用されました。鳥取県はちょっと頑固なくらい休業要請には慎重でした。やはり社会や経済に与える影響が大きいので、しっかり見極める必要があったのです。特措法の対策は新型インフルエンザ対策から派生したものです。インフルエンザは感染力が強いので、劇場やデパートなど、大規模な施設を閉鎖する必要がある。そのインフルエンザ用に特措法を作っているのです。
 ところが新型コロナ対策でもインフルエンザ対策と同じように、一律にこういう施設を休業要請や閉鎖の対象にしたため、補償、協力金の方向に話が転換してしまった。もっと科学的なアプローチをするべきでした。例えばクラスターが発生した施設に着目して、そうした施設に休業を要請し、補償措置を考える。これなら社会的コストも減り、実効的な対策になります。専門家の意見に基づいて限定的で効果的な対策を遂行していく。そのためには、専門家と政治の関係を作りかえていく必要があります。

◇メディア受けした施設閉鎖
砂原 専門家と言われる人が必ずしも一枚岩ではなくて、ネット上も含めるとものすごい量の知見があります。それをどう選び出すかは極めて難しい。東京と大阪がそうでしたが、それぞれ独自の専門家がいて、国の施策とは違った独自のモデル、東京アラートや大阪モデルを打ち出しました。大都市の首長が専門家とともに独自の政策を出そうとしたのが今回の特徴だったように思えます。同時に知事や市長を比較する動きもありました。

平井 私自身は、鳥取らしく目立たずに地味に(笑)、一歩一歩やっていけばいいという考えです。正直に言えば、感染症対策では絶対にパフォーマンスをしてはいけない。政治にもっていってはいけない。命、健康にかかわることであり、国家の基本にもかかわることだからです。素直に専門家の意見を聞き、必要と思うことに取り組んでいく。それぞれの首長はそれを模索したと思います。ただ、報道では、何か知事同士が敵対的に取り上げられるとか、首長の言葉が一面的にクローズアップされることはありましたが。

 経済、社会が疲弊する一因には、メディア受けが良い施設の閉鎖や、ロックダウン的な手法がほかに伝播していったことがあると思います。飲食店を全部閉めることを求めると、休業したところは協力金を求める。それで財政も疲弊してしまう。これが一つのモデルとして全国に伝播していった。これは政府も当初憂慮していたはずです。だから射程をどこまでとるか、西村大臣と東京都で議論になりました。日本だけでなく世界中が、とにかくゴーストタウンのようにするのが感染症対策だと思い込んでしまった面がある。
 感染症対策の基本から言えば、しっかりと初動から検査を徹底し、対象を限定する。そして患者を治すための医療体制を作っておく。予防措置を国民の皆さんに理解してもらい、協力してもらう。こうしたことを徹底することが王道で、実効性があると思います。次は、十九世紀型のロックダウンではなく、現代的な二十一世紀型のアプローチをすべきです。

◇基準はシンプルなほうがいい
砂原 鳥取独自の警報基準を策定されるそうですが、どのような考え方が基礎になっているのですか。

平井 先ほども言いましたが、パフォーマンス的に基準を作る気はありません。鳥取には大都市のようなイルミネーションもありませんから(笑)。地味に真面目にこつこつと取り組んでいます。そこで、県民の皆さんと共有できるシンプルでわかりやすい基準を作る必要があるかなと。今、全国で作られているのは、休業要請を解除する基準といった観点なんですね。本来の感染症対策は医療や保健所の体制整備です。そういう観点を大きく取り入れて、基準を作るべきだと考えました。
 鳥取県はそもそも過去に三人しかコロナの感染例がない。過敏と思われるかもしれませんが、感染者が一人出たら「注意報」を出す。外出するなということではなく、予防しましょうという呼びかけです。医療強化の準備をしましょう、急に仕事が増えるので保健所の応援を始めましょうと。そのエリアの中で対策を始めるスイッチにするということです。
 六人の感染者が出たら「警報」を出し、場合によってはクラスターが発生したお店に休業を要請するなど、限定的な行動制限をかけたりする。ただ、全県ではなくエリア限定で考える。
 ベッドの半分が埋まったり、人工呼吸器の半分を使ったりするような状態になると「特別警報」を出します。これは医療崩壊の防止が目的で、強い行動制限、外出自粛を求め、学校も全部休みにします。「注意報」「警報」「特別警報」というシンプルで、今までの災害でもおなじみの言葉を使いながら、協力を呼びかけてはどうかということです。

◇ベースは災害対応
砂原 感染症対策では保健所が重要になりますね。しかし、保健所は必ずしも都道府県がもっているわけではなく、保健所設置市と情報のやり取りをしなくてはいけない。情報の交換が難しかったことはありませんか。

平井 知事会から政府に対策本部の早期設置を求めたのは、知事のもとで保健所設置市を含めた総合調整ができるからです。情報を共有し、一枚岩で動けるようになる。鳥取県も保健所設置市である鳥取市と調査手法で違いが生じる可能性があったため、総合調整権を使って調査への協力を求めました。ただ鳥取の場合、普段から県と鳥取市は協力体制ができており、今回も一日三〇人ぐらい県から職員を送るなど、応援体制を取っている。協調のプラットフォームを維持しています。
 大規模な感染症は広域的な対策がどうしても必要です。人材の確保も市単独では難しい。ですから保健所設置市と都道府県の関係はこの機会に議論をする必要があります。六月四日の総括的な全国知事会議の際にも大都市圏の知事を中心に、保健所の情報が入らないとか、統一的な運用ができないという声が上がりました。今の法制に問題があるのではないかという指摘も出ており、今後の課題として政府に対応を求めていく方針です。

砂原 都道府県のほうにもマンパワーは必要になるはずですが、市町村への応援要員はどのように差配するのですか。

平井 ベースとなるのは災害対策です。鳥取県中部地震や西日本豪雨の経験もあり、災害対応で常に職員を出す準備をしていますから。今回は、感染者発生に合わせて、直ちに鳥取市の保健所に人員を送りました。災害応援の基本と非常に近いものがあるので、どこの自治体でも本当はやれるのではないでしょうか。

砂原 災害対応のフレームで感染症対応すべきという議論は、研究者からも出ています。今回のような感染症では、医療と災害のどちらの枠組みで対応すべきと考えますか。

平井 経済、社会へのインパクトを考えると、やはり災害対応を念頭に、そうした方面の各部局を束ねながら進めていかざるをえません。ただ、一番根本の命と健康を守る感染症との闘いは、科学的、医学的知見に基づいて進める必要があります。
 今後は、ウイルスの特性を理解して、それに応じた戦略を考えるべきでしょう。つまりコロナに感染しても八割の人は他の人にうつさない。上手にコントロールすれば、感染の連鎖は止まります。そういう特性があるわけですよね。感染が一挙に広がるクラスターを発生させないなど、ポイントをおさえて対策を練っていく必要がある。これは医療系、つまり従来の保健所のアプローチになります。

◇第二のパラダイムシフト
砂原 ポストコロナの時代、社会全体として考えたときにどういう課題が重要になると考えますか。
平井 今回のことで、日本人は改めて過密、集中の弊害に気づきました。また、大都市を中心にリモートワークも経験しました。そこから、別の働き方、別の社会システムに目が向き始めているのではないでしょうか。日本は、新次元の多極型、分散型の国土構想をもう一度考える時期に来ていると思います。これは多くの自治体が感じていることでしょう。地方創生が質的に変わり、その必要性がさらにクローズアップされつつある。

 実は今感じているのは、東日本大震災の直後と同じ感覚です。
 鳥取県はもともと、移住政策を進めても定年後の人たちばかりが来たら、かえって医療費や社会保障費の負担が増え、地元にとっていいことはないという考えでした。ところが、二〇〇七年に人口が六〇万人を割り込んだ「六〇万ショック」をきっかけに、県政を一八〇度転換して移住促進政策を始めたのです。正直その頃は移住は進みませんでした。一気に伸び始めたのは、東日本大震災の後です。子育て環境、健康、生きがいを求める人たちが、地方の魅力に気づき始めた。東日本大震災がもたらした転機でした。
 今回のコロナは、若い世代を中心に、一極集中を本気で考え直す転機になりうるのではないでしょうか。第二のパラダイムシフトが起こる可能性がある。そういう意味でハードを造って人を呼ぶのではなく、ポストコロナの時代にふさわしい、新しい働き方、職業、社会のあり方を提供していく必要があるでしょう。例えば完全な移住ではなく、休暇をかねてリモートワークをする「ワーケーション」。そういう概念がこれからクローズアップされてくる可能性はあります。

 昨年十月から十一月に「副業で鳥取に来ませんか」と一四社が求人を出したところ、一四〇〇人の応募があり驚きました。応募者の名簿を見ると皆さんが知っている大企業の方ばかり。大企業も自分のところで全部労働力を抱えるのではなく、副業という形で地方の企業に貢献しながら、いわば給料も割り勘にしていく人事方針があるのかもしれません。大都市側にもそういうニーズが出てきた。今までとはスタイルの違う移住政策がこれから出てくればと期待しています。

砂原 知事会では九月入学の話も出ていましたが。

平井 九月入学は大きな、骨太の議論をしていかなければいけません。世界の中で戦える人材を育成する中で、目をつぶってはいけない課題だと思います。知事会の中にもいろんな議論が混在しています。共通しているのは「議論は始めるべきだ」。そこまでです。九月入学という世界の潮流の中で、もう一度深く考えてもいい。我が国も明治の初め頃は、いろんな入学時期が併存していました。高等師範学校や小学校等が四月入学に改まり、それに合わせて帝国大学も四月にしたのが大正期。この時期は奇しくもスペイン風邪が流行した頃です。パンデミックを迎える中で、大きな社会システムを再考することは否定すべきではありません。

(『中央公論』2020年8月号特集「コロナで見えた知事の虚と実」より)

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