「やった。首席だ。肉牛の日本一だ。」
平成29年9月。津波の災禍を乗り越え「夢メッセみやぎ」で開催された「第11回全国和牛能力共進会宮城大会」。震災復興の証となる、５年に一度開催される和牛界の一大イベント。鳥取県は生産者と一体となり、鹿児島県・宮崎県など有名巨大産地が揃う中、巨象に挑む蟻の如く、圧倒的な飼養頭数の少なさというハンディキャップを跳ね返し、鳥取和牛復活の夢を追いかけて、種雄牛造成や計画的な交配など惜しみなく持てる力を注ぎ込み、少数精鋭の愛牛とともに大勝負を挑み、最も名誉ある「花の７区」といわれる第７区総合評価群の肉牛群、すなわち枝肉の肉質を競う競技部門で、堂々全国第１位の快挙を成し遂げた。人口も牛の数も僅か全国の０．５％程度しかない鳥取県が、我が国の和牛界を凌駕した。「チーム鳥取」の栄光に、私は仙台の地で和牛関係者と歓喜を分かち合った。
「鳥取和牛」は、中国地方最高峰である霊峰「大山（だいせん）」をはじめ中国山地の懐に抱かれ、澄んだ空気、伏流水などの恵まれた自然環境で育った牛だ。元々は農耕用の役牛だ。食生活の変容に応じて、明治政府は食用牛増産のため輸入雑種牛との交配を奨励したが、交配牛の品質は決して良好ではなく、和牛生産農家の経営を悪化させることとなった。鳥取県では、本来の優れた和牛形質の再興を図ることで飛躍を目指すこととし、大山牛馬市で取引される県産和牛などを基礎として、全国に先駆け大正８年に鳥取県内で育成する和牛の改良目標である「因伯種標準体型」を制定し、更に翌年には日本で初めて一頭一頭の牛を血統に基づき詳細に登録する「和牛登録事業」をスタートした。これが我が国の和牛改良の端緒を開き、改良目標と血統登録に基づく本格的な和牛の育種改良は全国へと広がった。更に昭和２３年に全国和牛登録協会が京都に設立され和牛の改良と斉一化が各地へ普及し、世界の食通をうならせる「和牛」がわが国の宝として磨かれることとなる。
農家にとって所得向上となる早熟・早肥・大型化という特長を高めた鳥取県和牛改良の末に、種雄牛「気高（けたか）」は、昭和４１年に岡山県で開催された第１回全国和牛能力共進会において一等賞の栄冠に輝き、今も全国各地の名牛のルーツとなる伝説の牛となったが、平成3年の牛肉輸入自由化以降「霜降り」の肉質重視が主流となり、鳥取和牛は次第に輝きを失ってしまった。臥薪嘗胆の努力と試行錯誤を積み重ね、「気高」の血を引く鳥取県種雄牛を基本に肉質高度化を図る交配の末、平成２６年に種雄牛の産肉能力検定において「百合白清（ゆりしらきよ）２」と「白鵬８５の３」が、全国1位の成績を次々と塗り替える躍進を遂げ、宮城大会での「肉質日本一」を証する肉牛部門全国制覇の快挙となった。これまで考えられなかったことだが、昨年も今年も和子牛市場で鳥取県が全国最高値を続ける人気を集めている。
世界的な和牛人気により、ブランドを防衛しなければいけない「新たな難問」が生まれている。平成30年6月、関西広域連合の加盟地域を舞台にして不正に中国に和牛の遺伝資源を持ち出そうとした事件が起き、日本の畜産業に衝撃が走った。この中国不正輸出事件も、そもそも和牛の受精卵や精液が法的に知的財産として保護されておらず、遺伝資源流出そのものに刑罰が科されないことが背景にある。この事件も、家畜伝染病が海外へ広がるかもという理屈をつけ家畜伝染病予防法違反等で立件するという苦肉の策をとらざるを得なかった。神戸牛、近江牛、山陰海岸ジオパークで生まれた但馬牛をはじめ、関西広域連合は和牛の宝庫であり、将来にわたってこうした産地を守るため遺伝資源の保護は重要課題だ。現代の和牛繁殖では人工授精が一般的であり、交配に使用する種雄牛の精液はストローに充填されており、これを持ち出せば簡単に遺伝資源が流出してしまう。法的な規制がない限り、遺伝資源の保護が徹底できない。
鳥取県では独自に県有種雄牛の遺伝資源の流出を防ぐ法的措置を検討し、精液流通に関する契約方法の改革と条例制定に踏み切った。昨年度より実施している新たな契約制度では、特に優秀な種雄牛として県が指定したものに限り、全国で行われてきた凍結精液の所有権の「譲渡」ではなく、県に所有権を留保したままにすることによって、不正な流出を防止する手立てとした。人工授精を行う場合には、家畜人工授精師等は県との間で凍結精液の「寄託」契約を結ぶこととし、雌牛への交配を望む畜産農家も県との間で精液の「使用許諾」契約を締結することとした。精液の所有権は県にあるので、不適正流出があれば県として所有権に基づいた返還請求等の権利行使が可能だ。もちろん繁殖農家や肥育農家が今までどおりに子牛を育て売却するのは差し支えない。更に、県有種雄牛の遺伝資源保護とその活用による和牛振興を図ることを内容とした「鳥取県産和牛の保護及び振興に関する条例」を制定し、「県有種雄牛の遺伝資源を知的財産として位置付ける」と定め、全国で初めて種雄牛の遺伝資源を「知的財産」と宣言した。条例に基づく「鳥取県和牛振興計画」を今年度から実施し、遺伝資源の保護や鳥取和牛の改良と振興を加速させている。
牛の子の大きな顔や草の花（高浜虚子）
親から子へと受け継がれていく和牛の命。国際的にその洗練された形質が羨望の的となっている国の宝。その遺伝資源を守る挑戦は、まだ始まったばかりだ。
