平井通信

寄稿分
デジタル社会の落とし穴から県民を守る
鳥取県知事 平井伸治

 チャールズ・チャップリンは、代表作「モダン・タイムス」で機械工場で働く主人公に扮し、「自動食事機」を前に無理矢理トウモロコシを食べさせられたり、ネジを口に入れられたり。人間が機械に翻弄される時代を風刺した。
 スタンリー・キューブリック監督の傑作「2001年宇宙の旅」では、人工知能を備えたコンピューター「HAL 9000」は、宇宙船ディスカバリー号の乗員に協力する命令を与えられていたが、乗員を殺そうと反乱を起こす。 

 こうした奇想天外な事象は、今やフィクションでも笑い事でもなくなりつつある。
 iPhoneやAndroidが登場して20年足らず。今やスマートフォンは、会話のみならずSNS、検索等、人々の生活に欠かせない。
 更に今世紀に入りディープラーニングが進展し、3年前「ChatGPT」が登場し生成AIは飛躍した。様々な技術革新によるデジタル社会のインパクトで世界は一変。
 生活・産業等あらゆる局面で活用され、人類の進歩に大きく貢献している。

 しかしながら、こうしたツールは、「自動食事機」にも「HAL 9000」にもなり得る。
 熊本地震では、熊本市動植物園からライオンが脱走したという偽情報が市街地を歩くライオンの合成画像と共に拡散。能登半島地震では偽の救助要請がSNSで出回り本来の救命活動を阻害した。
 米大統領選では偽情報が生成されSNSで拡散されたと指摘され、日本国内でも同様の事例が問題化している。SNSやAIは幅広く恩恵をもたらす技術だが、社会の分断や人権侵害の危険も孕み、選挙等の民主主義・地方自治の根幹を歪める事例も報道されている。
 便利なツールだからこそ、光が強くなればその影も濃くなる。

 デジタル社会を真に実り多いものとするには、技術革新により手に入れたツール利用の「ルール」が必要であり、人や社会の危険を回避する「仕掛け」も望まれる。

 私は5期目県政のスタートに当たり、デジタル社会の発展や政治的無関心などが民主主義や地方自治を蝕む可能性を危惧し、県民と地域を落とし穴から守る道を模索することとし、一昨年に「投票率低下防止等に向けた政治参画のあり方研究会」と「先端技術と民主主義のあり方を考える研究会」を立ち上げた。
 学識経験者による議論を尽くした上で、リモート会議の技術で、全国的に投票所減少の原因となっている投票立会人不足を解消するため「オンライン立会い」導入に踏み切るとともに、人間主導のデジタル社会を築く10原則を掲げる「自治体デジタル倫理原則」をとりまとめ、デジタル社会において自治体が守るべき技術活用に際しての「倫理」という形で、県庁が守る「ルール」を策定した。
 更に現在開会中の県議会に、青少年をSNSで闇バイトやオンラインカジノに誘い込むことを禁止し、児童生徒の顔写真からAIで生成する性的画像も児童ポルノ等に含まれるとして規制する「ルール」を定めた青少年健全育成条例改正案を提出した。条例案では、保護者・学校等にSNSの適正利用を子どもに促し、携帯電話事業者等にはそのためのペアレンタルコントロールの説明等を義務づけるなど、危険回避の「仕掛け」も明記した。
 こうした対策について県民に県政参画電子アンケートで照会した結果、実に9割以上が賛同した。判断力に乏しい青少年を守る対策は、もう待ったなしだ。

 別の「仕掛け」として、庁内に「フェイク情報対応実証チーム」を発足させ、拡散され又はその兆候のある情報を検出し、偽・誤情報の疑いがあれば、厳正に確認した上で、有識者アドバイザー監修の下、県公式ホームページ等で正しい情報を発信し、県民に警戒を促すなど、災害時等の偽情報による混乱防止を図る。
 更に、鳥取県は、情報の発信者が真正だと証明するオリジネーター・プロファイル(OP)の実用化に取り組む「Originator Profile技術研究組合」の実証事業に、1月から行政機関で初めて参加した。OPが実装できれば、県公式ホームページは、灯台の光のように人々が安全に参照できるようになる。
 デジタル社会を歩む人々の道標となる「仕掛け」だ。

 75年前にアイザック・アシモフが著したロボット3原則の第1条は、「ロボットは人間に危害を加えてはならない」だ。この洞察は、不思議なほど今の世界を射抜いている。